英語教育改革への提言
文部大臣の「英語が使える日本人」の育成のための戦略構想(2002年7月12日) これがその文部大臣の構想の発表です。 そして こちらがその構想プランです。 これを見るとお分かりのように、英語教育の根本的な改革は何もないことが分かります。これを作成した人たちは、英語という言語、およびその教育に関しては全くの素人であることが明白に現れています。これを見て、日本人が英語使えるように教育されるとは到底考えられません。
現在の、英語教育の問題点がどこにあるかが見えてないのでしょう。まず、英語力を未だに英検を基準に考えているところが不思議なところです。英検は使える英語の検定ではありません。知識の検定にはなるのでしょうか?英検3級の人が英語を使えるかどうかは、全く不明です。現実には残念ながら使えない人が大部分でしょう。英検準2級〜2級でも通常の会話が出来るかどうかこれも全く当てになりません。もっというならば、英検一級の人は通常の会話が出きるでしょうか?出来ない人が圧倒的に多いでしょう。
英語の教員の資質についてもあります。教員は英検準一級程度の英語力がいるそうです。英検準一級で英語が使えるでしょうか?これもまず無理です。
この構想は、いかにも政治家が格好だけを取り繕ってプランを書いたもののようです。全く「無駄」で現状を把握して検討した結果の構想ではないことが明白になっています。 こちらは16ページに及ぶ 「英語が使える日本人育成のための行動計画」です。
又、この中には、1〜3年にかけて行う検討事項もあります。その構想とプランによれば、2005年までに、それぞれの全ての結果が出ているはずです。
少なくとも、何らかの研究成果というものが、あるべきですが、それは見当たりません。結構なお金を使っているのではないでしょうか?ここでも、又、形だけの制度なんでしょうか?
英語教育の現状 英語という言語は、日本語という言語と根本から違います。スペイン語や韓国語のように日本語と同じ種類の言語であれば、現在の教育方法で良いのかも知れません。
まず、英語の言語を認識すべきです。
「平成18年度スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール新規指定校一覧」によれば、一年で42校が新規に指定校となりました。各学校の計画を見てみると、残念ながら、根本的な問題点を把握し改良していこうとする学校は皆無です。いかにも一生懸命、理屈をつけて、研究課題を創出した工夫は見られます。それらの計画を見る限り、一つとして、英語教育が改良されるだろうと思われる計画は見当たりません。
意味不明の抽象的な言葉を並べているだけのようで、もう少し役立つ実際的なプロジェクトを考えてお金を使うべきです。それらにより実際の効果を予想できるものは何もありません。実際今までにどのような研究結果がでているのでしょうか?”スーパー英語高”に指定されると、それ用の特別予算が学校に支払われます。学校側では、指定はされたものの、どのように進めていけば良いか分からなく、何もしていない学校も実際にあります。
文部科学省自身がどの様にすればよいか分からないから、スーパー英語校なる学校を指定して、お金を払って、研究してもらおうという制度ですが、相手が違います。
やはり、予想通り、英語教育の改革もありませんし、英語教育の変革もありませんし、特に「英語が使える日本人」が多く出来たとは、見えませんし、従来との違いは全く見えません。
文部科学省で、何をしなくてはならないのかがわかっていない訳ですから、構想や制度が出来てもその効用は全く期待できません。実際、5年が過ぎた2007年でも何の変化も見えません。
「英語を使える日本人」に中々なれない原因は、残念ながら文部科学省のプランやスーパー英語校の各学校が検討事項や研究対象にしている事柄の中にはありません。
なぜ、それがいえるかを以下に現状を見た上で、考えて見ましょう。まず、現状です。
カリキュラムの間違い:
英語は日本語と根本的に違うために、カリキュラムも当然日本語と同じようなシステムのカリキュラムには、当てはまりません。今のカリキュラムがどのような目的を持っって始まったものか分かりませんが、結果を見るに完全に失敗しているといえます。
ここで、少し創造たくましくしてみようと思います。最初、英語を教育することになった時、多分イギリスに行った人などが集まってそのカリキュラムを検討したのではないでしょうか。そこでは当時は「Whole Language ]という方法で教えられていたはずです。その表面だけをみて、言語の種類も日本語と同じだと思って、今のカリキュラムが出来たと思われます。
その後、何も変わらないのは、未だに、英語という言語がおそらく分かってないのでしょう。 日本語の英語から出来たカタカナ語を見ても、その出たら目さは今も同じなのです。
イギリス英語とアメリカ英語の混同:
文部科学省の英語教育改革構想も、英語の種類に付いては、全く触れていません。つまり、英語は一つと頭から決めているようです。発音も、文法も、スペルも違う言語を同じに扱うことは出来ません。日本人の発音音痴と、英語音痴に直接結びついていることを認識して欲しいと思います。 ”JETプログラム”でALTの配置が全国的に普及しているようです。陸の孤島と言われるド田舎でも外国人を見るようになりました。子供達に本物を見せることは重要なことです。イギリス英語にしろ、アメリカ英語にしろ、とにかく英語らしきものを実際に聞けるようになった事は大きな進歩であると思われます。
ALTの採用条件は、文部科学省の応募要綱に従うと、
母語を英語とする者又はそれに準ずる者
日常会話程度の日本語力を有する者
JETプログラムをはじめ、外国語教育や国際理解教育等に関心を持つ者
JETプログラムによるALTの経験を有する者が望ましい
只、残念ながら、既に問題を起こしています。それは、オーストラリアやニュージーランドの英語もアメリカ英語もそれらの違いを知らないということです。町の教育委員会も知らないのです。学校も知らないのです。従って、子供達も知らないのです。子供達が町の英語教室で英語を習い、少し分かるようになったので、海外留学を夢に見てニュージーランドに行きました。すぐに帰ってきました。理由は、英語がまるで分からなかったとの事です。
実際にはもっと多くの犠牲者が出ていることと思われます。これからも出てくることは必至です。無差別なALTの採用と配置は問題なのです。
英語の基礎の欠如:
英語が、日本語などの言語と違うために必要な基礎が欠けています。それらは、基礎の「Listening] と、フォニックスです。昔から英語という言語を教える機関では、「Whole Language」という方法をとってきているのですが、その中でもフォニックスは教えられているのです。日本では教えられていないだけの話です。
英語教員の資質:
英語教員も同じカリキュラムで教育されてきている訳ですから、同じく使える英語をマスターしているわけではありません。使える英語を教育されていない英語の先生が、使える英語を教育することは不可能ではないでしょうか?
つまり、英語教員の中に「英語を使える」教員がほとんどいないのです。これは教員本人たちも自覚していることです。今までの「入試用の英語」は教えられたのでしょうが、「使える英語」は教えられないのです。今の英語教育は、他の科目と同じように、入試のための英語教育ですから、使える英語ではないのです。又。資格、例えば、英検などを取るための英語でもありますから、使える英語とは異なっています。
資格にこだわりすぎ:
英語に限らず、社会全体にいえることですけど、資格に頼りすぎることです。資格さえあれば、それが全てであるような風潮は、日本全体を空っぽの実力にしてしまっています。それはあらゆる企業から出てくる不祥事や、その他、様々な不祥事が発覚するたびに表面に出て来てしまっています。
英検という資格が未だに”使える英語”の資格として扱われていること自体が、時代錯誤も甚だしいのではないでしょうか?TOEICやTOEFLが時代の要求によって変わって来ている時に、英検を基準にしているところを見ると、改革という文字は消えてしまいます。
資格があれば実力も伴っているだろうと錯覚している人たちが多すぎるのです。例え、英検の実力があっても使える英語の実力があるとはまったく思えません。
間違いだらけの日本英語:
カリキュラムの間違いから始まって、基本の抜けた英語教育で教育される為か、公のサインから始まって、テレビでの字幕、映画の字幕などの間違いは、公共の場での間違いですが、社会自体も受け入れているというより気が付かないのではないでしょうか?さすがに不思議に思う人もいる訳で、Newsweekにも取り上げられる程です。
英語から作られるカタカナ日本語の間違いも、大学の教授から始まってマスコミなどまで堂々と公開されますし、国際的に名が知れる会社の名前にまで間違った発音で、会社名をつけても平気でいられるのには目を覆います。
海外からのビジターが多くなっている、グローバルな時代に、これだけ、公に間違い英語を表示していれば、国外からのお客も驚かざるを得ません。
日本の英語は、”Engrish”だとインターネットのサイトまで出て来て10年近くになるでしょうか、殆ど変わらず、実際に未だにその発音は聞くところです。これが、未だに直っていないということはやはり理由があるのでしょう。
入学試験の弊害:
入学試験の存在は、教育全体に、社会全体に、日本国全体に、大きな大きな弊害を与えています。英語の改革も入試がある為に出来ないことが多くあります。学校自体に、先生自体に選択肢がなくなってしまうのです。
アメリカには入学試験という制度がありません。日本式入学試験の無意味なこととその弊害は、最近では日本でも多くの人が気がついています。
英語教育改革の提言 プランの中には意味のない無駄なことが多く含まれていますが、それらも、次の提案で修正できるものと思います。 アメリカ英語への統一:
英語が準公用語化し始めているといわれるほど重要な言語を、今のようないい加減さで教育する訳には行きません。原則としてアメリカ英語を準公用語に指定し、英語教育はアメリカ英語を基準にすることを提案します。
なぜならば、言うまでもなく、こちらを参照して頂ければお分かりになると思いますが、実社会で使われる英語は殆どがアメリカ英語だからです。それでなくても、イギリス英語は世界のネイティブ英語の17%しか使われていないといわれていますので、わざわざ17%しか使われていない英語を準公用語にする必要は全くありません。
英語の基礎であるListeninの導入:
生まれてきた子供が言語を覚えるのと同じ理屈でその基礎から教えていきます。小学校一年生から英語を導入ディます。もちろん、Listening(日本語では、Hearingと言う日本語英語が使われているのかもしれません。)から始まります。
英語の基礎であるフォニックスの導入:
これは、カリキュラムの方に入ると思いますが、特にここでその重要性を明記しておきます。フィニックスについてはこちらを参照下さい。
英語教員の全面再教育と資格:
全部といえないですが多くの英語教員は、使える英語が出来ません。各教員達の中には自分の英語力を自身で高めていこうとしています。その方法は理解してないのが普通ですので、実際に中々効果が出ていません。
まず、英語教師としての正しい英語学習方法を教える事は、必須です。その上で、全ての教員をアメリカ英語に統一し、アメリカのESLの先生の資格であるTEFL/TESOLなどの研修をアメリカで受けさせます。それらの資格を取れればそれに越したことはないのですが、難しすぎるかも知れませんので、研修だけは必ず受けさせてその修了証書をもって帰ってもらいます。
従って、海外での一定期間の生活も、英語教員としての条件とします。最低一年以上の生活とすべきで、数ヶ月等の留学は条件として認めません。文部科学省では、2003年には、海外研修として、12ヶ月研修派遣を15名、6ヶ月を85名、2ヶ月を200名とあります。どこの国へは不明です。オーストラリア・ニュージーランド・イギリスでしょうか?アメリカに来ているという噂を聞きませんのですが・・来ています?。
この中に2ヶ月の研修とありますが、これは残念ながら観光旅行以上のものではありません。6ヶ月の場合は、以前留学したことの経験のある教師達の場合は多少効果はあるかも知れませんが、費用の無駄です。教師として英語圏の生活体験と語学研修をするためには、そして子供の先生として英語を教えるためには、最低1年以上の研修と生活体験が必要です。
これにより先生方の、英語の発音も改良され、生活様式も理解出来るようになり、何より大きな財産は、知識のみならず先生方に自信が付くことです。現在のように、帰国子女の前では発音できないという事が少なくなるでしょうし、英語教育のあり方をも学習することが出来るのです。
人数は、各都道府県から年間最低10名以上の英語教員をアメリカに12ヶ月以上の研修に送り出します。それでもわずか2,470名です。費用は、全国都道府県にある、全く無駄な施設を処分し、今後一切の同じ間違いを起こさないよう予算を削って、教育にまわせばよいのです。スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクールも殆どが無駄ですので止めて、その費用を先生の研修にまわします。
資格に関しては、英検、TOEFL等は使える英語の検定ではありませんので、それで判断することは間違いです。TOEICは使える英語の検定を目標にしているようですので、かなり、近いところまで検定できるかと思いますが、実際は、必ずしも正しく評価されているということは云えません。長年のTOEICのTestの結果、まだ正しく評価できないので、TOEICでは新しいテスト方式が開発されて、数ヶ月前から、始まりましたが、その結果はまだ不明です。能力の評価は大変難しい事ですが、資格に頼って判断することは間違いの元ですので、参考程度にするべきです。資格よりも”実”をとるべきです。
ALTをアメリカ英語に統一:
国際間での政策などもあるかと思いますが、ALTの海外からの招待の今の条件の、”母語を英語とする者又はそれに準ずる者”を”アメリカ英語”と置き換えます。ALTの最低条件は、大学卒業している事、TESL/TEFL/TESOL/CELTA等の資格を持っている事、バック・グラウンドのチェックをする事を当然条件に入れます。
但し、ALTアドバイザーという名の、教えるのではなく先生の変わりに側で発音してくれる”生きたCD”だけならば、今の条件でよいのかも知れませんが、それでも、英語の発音だけは統一すべきです。しかし、それなら、すごい無駄です。制度を変えるべきです。
英語教育を小学校一年生から始める:
小学生のやわらかい脳に少しずつ英語を植えつけていきます。高校を卒業する頃には多少なりとも使える英語を習得するためには、小学校一年生から始めないと間に合いません。
但し、ここで提案している全てのことが実行できた場合に限ります。そうでなければ小学生からの英語教育は絶対やめるべきです。
カリキュラムの全面見直し:
小学校一年生から英語教育を始め、英語の基礎の教育(Listeningとフォニックス)が入ってきますので、カリキュラムは全面変更になります。
入学試験全面廃止の提案 日本の入学試験という制度が日本の学校教育、牽いては日本人の教育に影響しすぎてしまって、この殺伐した、先進国と呼ぶには程遠い、現日本社会を作っています。その悪の根源が入学試験です。この制度を完全撤廃し、学校教育の見直しをして、これから日本国を作っていく若者に「心と知性の教育」を与えないと日本は潰れてしまいます。
少子化高齢化が進む中、全員入学が出来る環境にありながら、未だに入学試験をしている図には、理解に苦しみます。そのために学校制度が本来の教育が出来ない状態にあることがみえないのでしょうか?実際に問題が発覚したばかりというのに・・・。
入学試験がなくなると本来の教育が可能になります。塾がなくなり、予備校がなくなります。子供が子供に戻り、子供は家庭に居られます。両親兄弟との時間が持てるようになり、会話が必然的に出来て、家庭教育が戻ってきます。家庭では最大の教育費の大きな部分を占める、塾や予備校費がなくなります。 その分家族で使えます。それは家庭教育の一つとなり子供の人間教育と心の教育が出来ます。
子供が成長すると、使える英語も習得していますので、国際的に活躍のチャンスも出てきます。本来は賢い日本人ですので、国際的に力を発します。多くのすばらしい人材が出るでしょう。世界から、やっと認められ、人間的にも幼稚さから抜け出した日本人が見られるようになるでしょう。
そうすれば日本は潰れなくてすむでしょう。子供を育てても良い社会が出来るでしょう。家族という幸せに気が付くでしょう。その幸せな家族を構成するために子供欲しくなるでしょう。そうすれば子供が増えます。少子化高齢化が少しずつ変わるでしょう。そして社会が安定するでしょう。
全ての元凶は”入学試験”にあることがお分かりでしょうか?
全ての原因は”入学試験”にあり!
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